中室牧子(著)『「学力」の経済学』を読んだ感想/要約/書評【一億総評論家!経験と勘による根拠なき通説にさよなら】

皆さん、子どもの教育について悩まれることはないですか?
子どもを勉強させるために、ご褒美で釣ってはいけないの?
子どもは褒めて育てるべきなの?
ゲームは子どもに悪い影響があるの?
悩みは尽きないですよね!
これらの問いに対して、
テレビ番組で教育評論家や子育ての専門家と呼ばれる人たちの見解と云えば、
ご褒美で釣っては「いけない」!
ほめ育てはした方が「よい」!
ゲームをすると「暴力的になる」!
なんだかもっともらしく聞こえる。。。
でも、これって本当なのでしょうか。
中室牧子(著)『「学力」の経済学』を読んだ感想【教育分野は一億総評論家!経験と勘による根拠なき通説にさよなら】
中室牧子(著)『「学力」の経済学』に記されている、「科学的根拠」(エビデンス)に基づく知見からすると、これらの問いへの答え、それは
- ご褒美で釣っても「よい」
- ほめ育てはしては「いけない」
- ゲームをしても「暴力的にはならない」
教育評論家のアドバイスとは正反対だ!
この本を読めば、如何に日本の教育にかかる通説が、科学的根拠ないまま、声の大きい人(それも年配)による、経験と勘だけですすめられているかがよくわかります。
教育関係者の方はもちろん、夫婦や家族間で子どもの教育方針をすり合わせておく上でも、必読の書だと思いますので、今日は紹介したいと思います。
私は、経済学がデータを用いて明らかにしている教育や子育てにかんする発見は、教育評論家や子育て専門家の指南やノウハウよりも、よっぽど価値がある −むしろ、知っておかないともったいないことだとすら思っています。
『「学力」の経済学』(p3)
- 世に溢れた教育に関する通説が、いかに根拠のないものかが分かります
- 夫婦間、親族間で教育に関する共通認識を持つために最良の書。揉めません。
- 教育に関して皆が通る悩みについて、エビデンスとともに紹介されていて、ためになります。
- 他人(特に年配の方)が教育を語る際、話半分で聞き流すようになり、入ってこなくなります
注意)本記事では『「学力」の経済学』の要約はしていません
この記事の目次
一億総評論家状態の教育分野
ベストセラーとなった『統計学が最強の学問である』の著者である西内啓氏は、同著の冒頭で次のように述べています。
「不思議なもので、教育という分野に関しては、まったくといっていいほどの素人でも自分の意見を述べたがるという現象がしばしばおこる」
『「学力」の経済学』(p14)
本書の冒頭で著者が『統計学が最強の学問である』を引用して述べている部分です。ちなみに、『統計学が最強の学問である』の実際の引用箇所を読んでみると、もう少し、なかなか辛辣な記載がされています。
不思議なもので、教育という分野に関しては、まったくと言っていいほどの素人でも自分の意見を述べたがるという現象がしばしばおこる
〜中略〜
そのため、「自分が教育された」あるいは「自分が子どもを教育した」という個人的な経験のみから教育の良し悪しを判断し、意見するということがしばしば見られる。あるいは、ただ大学在学中に弁護士になったとか、子どもを全員東大に進学させたといった人の個人的な経験をありがたがって信頼するという人もいる。
〜中略〜
自分が病気になったときに、まず長生きしているだけの老人に長寿の秘訣を聞きに行く人はいないのに、子どもの成績に悩む親が、子どもを全員東大に入れた老婆の体験記を買う、という現象が起こるのは奇妙な事態だとは思わないだろうか。
『統計学が最強の学問である』(p19)
きっつ。。汗
これがまさに「1億総評論家」状態。他の研究分野では確かに見られないことですね。
教育に関して、子がいる親は皆自身が経験し、通ってきた道であるだけに(実際には子育てに積極的に関与してこなかったおじさんでさえも)、誰もがその瞬間は先輩になることができ、一家言ある、一言言わずにいられない、ということなのでしょう。
著者はこの現象は一個人に止まらず、メディアでも度々見受けられるとし、例えば「全国学力・学習状況調査」という学力テストの結果を用いた分析の結果、「親の年収や学歴が低くても学力が高い児童の特徴は、家庭で読書をしていること」という結果を受けて、「子どもに読書をさせることが重要だ」と当たり前のようにメディアが報道することについて、それは本当に正しいのか、
つまり
・読書をしているから子どもの学力が高い(因果関係)のではなく、学力の高い子どもが読書をしているのに過ぎない(相関関係)可能性がある
・「読書をする」ことが原因で、「学力が高くなる」という結果がはっきりしないまま、本を買い与えたり、読み聞かせたりしたら、お金と時間の無駄になる可能性がある
と警鐘をならし、
教育の分野においても「原因と結果、すなわち因果関係を明らかにすること」で科学的根拠(エビデンス)を用いて議論しよう、特に現状日本においては、その点が他国に比べて圧倒的に劣後しているということを、本著で一貫して訴えています。
「第2章 子どもを“ご褒美”で釣ってはいけないのか?」は全親必読
第2章では、教育に関して皆が通る悩み、いわゆる常識と云われる通説について、エビデンスとともに紹介されていて、大変ためになります。
第2章の内容を夫婦間で共有し、実際に子どもの教育に生かすことで、夫婦間の教育方針の些細なズレも回避できることでしょう。
例えば、
子どもの学力を上げる効果を持つご褒美の設定はどちらかという実験。
A「テストでよい点を取ればご褒美をあげます」
B「本を一冊読んだらご褒美をあげます」
Aは「アウトプットアプローチ」、Bは「インプットアプローチ」と呼ばれ、学力テストの結果が良くなったのはインプットにご褒美を与えられたBになります。
鍵は子どもたちがご褒美にどう反応し行動したかということで、インプットアプローチは何をすべきかが明確(本を読む)な一方、アウトプットアプローチは何をすべきか具体的な方法が示されておらず、ご褒美は欲しい、やる気もある、だけれどどうすれば学力を上げられるのか彼ら自身に分からない、というのが背景にあるとのこと。
ここから得られる極めて重要な教訓は、ご褒美は「テストの点数」などのアウトプットではなく「本を読む」「宿題をする」などのインプットに対して与えるべきだということ。
なんとなく感覚的にそうだろうなという部分についても、しっかりと研究結果に基づいて紹介されているため説得力があります
この他、第2章の内容はそうそう!、という肌感覚で納得のものから、え!というものまで、目から鱗の連続です。
ざっと羅列すると、
・ご褒美は子どもの勉強する楽しさを失わせてしまうのか
・お金はよいご褒美か
・子どもは褒めて育てるべきか、自尊心が高まると学力が高まる?
・「頭がいいのね」と「よく頑張ったわね」はどちらが効果的か
・テレビやゲームは子どもに悪影響を及ぼすのか
・子どもの学学習時間を増やすためには?
・「友達」が与える影響
・教育にはいつ投資すべきか
などなど。
これらを前提知識として持った上で、ルール決めや教育方針を我が家流にカスタマイズしていくと良いですね。
現場の声と感覚論で推進される“少人数学級”
「第4章 少人数学級に効果はあるのか」この章において著者は、日本の教育政策についても、科学的根拠の欠如を危機感を持って訴えています。
例えば、日本における少人数学級の是非についての議論。
タイムリーな記事がこちら。
従来から児童一人ひとりへの細やかな対応ができるとして、35人学級を訴えてきた文部科学省と、一方で35人の効果を懐疑的とし予算の観点から1クラス40人が妥当とする財務省40人。残念ながら日本では実験によって教育政策の効果測定はほとんど行われてきていません。少人数学級に関する議論でも信頼できるデータや分析に基づくエビデンスがほとんど示されておらず、政争の中身もそれぞれ論点が噛み合いません。
これまで日本で実施されてきた「少人数学級」や「子ども手当」は、学力を上げるという政策目標について、費用対効果が低いか、効果がないということが、海外のデータを用いた政策評価の中で既に明らかになっている政策ばかり。
にもかかわらず、例えば「習熟度別学級」のように費用対効果が高いことが示されている政策は積極的に採用せず、費用対効果が低いか、または効果がないことが明らかになっている政策ばかり実施しているところに疑問を呈し、教育という重要な分野において、国際水準から著しくかけ離れた業務が行われてしまっていることに警鐘を鳴らしています。
私個人としては、政策の目的を学力の向上とするから、エビデンスがないわけで、実際に負担が生じている現在進行系の現場の問題として、少人数学級に取り組まなければならないのもまた然りだと感じます。
上記の日本経済新聞の記事の中では、インタビュアー含めて全員が正しい事を言っています。
本書読んだあとであれば、その事がよくわかります。
日本では、これらの政策をすすめる上で、参考となるデータがない、ただ日々問題は大きくなるので対策をしないわけにはいかない。
結果現場の声が採用されやすいのも事実でしょう。
そして、毎度毎度効果検証がなされないために、場当たり的な、感覚論に終始してしまうことが、日本の駄目なところなんだろうなと。
教育政策はいつも後回しになるので、結局時間切れでその瞬間の当事者がいなくなることも原因の一つではないかと思います。
由々しき事だと改めて。
教員免許制度は教員の質の保証につながるか
まずはこちらもタイムリーな記事を
教員確保の際に必ず言われるのが「質の高い教員の確保が課題」という謳い文句。
第5章で教員の質をいかに上げるか、が論点となるのですが、著者の結論としては、教員免許は必ずしも教員の質を担保できているわけではない、ということでこのあたりは教員養成をしている側、現場サイドからしたらバトル勃発というところですね笑
しかし、この問題も両サイドにエビデンスがないことには議論になりません。
教員免許をなくすと教員の質が下がってしまう、教員免許があるから質が保たれている。という意見についても、そのエビデンスを用意していかないと、単なる思い込みになってしまうのです。
著者は、教員の質を上げる方法の一つとして、元々の能力が高い人を採用する、をあげます。
その先行研究として取り上げているのが、米国の非営利団体による取り組み、ティーチ・フォー・アメリカ(Teach For America=TFA) です。
- 米国内の一流大学の卒業生を卒業後2年間計画力に悩む公立学校の教員として派遣するプログラム
- ティーチ・フォー・アメリカに派遣する教員の多くが教員免許を保有していない
- 公立学校で教員免許を持つ教員に混じって教鞭をとる
これまでの研究によれば ティーチ・フォー・アメリカの教員が教えた生徒は教員免許を保有する教員らに教えられた生徒と比べて成績が良いか成績には差がないということが明らかになっています。
ちなみに著者中室氏は、このティーチ・フォー・アメリカの日本版、ティーチ・フォー・ジャパンの活動に協力的なようです。
今のところ、政府はデータの公開にはまだまだ消極的ですが、民間はそうではありません。教育にデータが活用されれば事業改善や、ビジネスチャンスにつながるという明確な動機があるからです。私は今、ティーチ・フォー・ジャパン(代表理事:松田悠介)や民間の学習塾とも協力して、「いい先生とはどんな先生か」を明らかにするための研究を実施しています。このように、民間事業者と協働して得たデータを分析し、社会に有用な知見を還元していくことができれば、データの公開に消極的な政府にプレッシャーをかけることにもつながるはずです。
少なくとも、私は、そう期待しています。
『「学力」の経済学』(p159)
ちなみに、ティーチ・フォー・ジャパンの松田悠介氏は、最近、WEEKLYOCHIAIをはじめとしたNewsPicks系コンテンツの教育を取り扱う回に頻繁に登場されるので、気になって書籍も読みました。こちらの書籍の中でティーチ・フォー・ジャパン立ち上げにまつわる経緯が詳細に記録されています。
教員免許制度がないと教員の質が下がる=教員免許制度が教員の質を担保している、という声が大きい中で、日本でこの取り組みティーチフォージャパンが変革を迫るかもしれません、要注目です。
教育にエビデンスを
以上、本書で著者中室氏が一貫して述べていることは“教育にエビデンスを”、この一言に尽きます。
また、本書の特に「第2章 子どもを“ご褒美”で釣ってはいけないのか?」は、どのご家庭でも子育てにいかせる内容が詰まっているのではないかと思います。
しかし、(あまり最後に不満を書いても仕方ないのですが)親世代としては、自分の子どもがかかわる時代の舵取りが、日本においてはこんな状態でなされているのかと思うと愕然としますね。
日本で教育の研究が進まない理由として、政府がデータの公開に消極的であることにも甚だ疑問です。
みなさんも、是非この『「学力」の経済学』を読んで、正しく自衛しましょう。
それでは。
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